その写真、撮り直す?そのまま?
- 新しいCMの映像は、ほとんどが出演メンバー自身のスマートフォンで撮られていました。ANAが10月22日に公開したHANA起用のWeb CMは4本で、どれも30秒です。メンバーは、撮影中にBGMを流してもらい、ポスターなどに使う撮影ではカメラマンの声に合わせてポーズを取っていました。
- 「とにかく気に入るまで撮り直す!」
- 「撮り直しって、すでに作為が入って自然じゃない」
どっちの味方?最初の印象で選んでください。
あなたが味方した 撮り直す派 の言い分
カフェでお皿が運ばれてきても、私はすぐに食べません。窓の光が当たる位置まで皿をずらして、スプーンの向きを直して、何枚も撮ります。友だちは、また撮ってるのね、と笑います。それでも、あとから見返したときに、暗くて何の料理か分からない写真しか残っていないほうが、私にはつらいんです。
こうなったのは、実家で古いアルバムを開いた日からです。母が撮った写真は、私の顔が半分切れていて、目をつぶっていて、後ろに干した洗濯物が写っていました。あの日が楽しかったことは、もうどこにも残っていませんでした。自然に撮れば、その場の空気がそのまま残るというのは、私には嘘でした。残るのは、残そうとした人が手を入れた一枚だけです。
本音を言えば、撮り直さない人は、自分の素の顔をずいぶん信じているんだなと思います。私は信じていないから、何度も撮るんです。見てくれる人に、いちばんましな顔を出す。それくらいは礼儀だと思っています。
あなたが味方した そのまま出す派 の言い分
撮ったら、その場で上げます。ピントが甘くても、髪が跳ねていても、指が端に写っていても、直しません。あとで見て、ひどい顔だなと思う写真もあります。それでも消しません。その日、私がそこで笑っていたという証拠は、その一枚しかないからです。
前に、旅行先で同じ景色を何度も撮り直したことがあります。友だちを待たせて、立つ位置を変えて、顔を作って、やっと一枚決まりました。帰ってからその写真を開いたら、きれいに撮れているのに、何も思い出せませんでした。隣で友だちがどんな顔をしていたのか、風が強かったのかどうか、全部飛んでいました。撮ることに夢中で、私はあの場所にいなかったんです。それからやめました。
正直に言うと、撮り直している人を見ると、少し気の毒になります。その時間、目の前のものを誰も見ていない。いちばんよく撮れた一枚を選んだ人の手元には、選ばれなかった自分が山ほど残っているはずです。私は、下手な一枚で足ります。
どちらにも呼ばれない立場 となりで待っている人
撮る人の話ばかりですが、私はその隣で立って待っています。何度撮り直しても、一発で終わっても、私はどちらでも構いません。ただ、上がった写真の端で、半分だけ笑っているのが私です。私も写っているね、とは誰も言ってくれません。
理由を聞いた今、もう一度選ぶ
言い分は、世間の声をもとに編集部が脚色したものです。実際の発言と出典は、元ネタの記事にあります。
元ネタを読む →ANA新CM、映像の「ほとんど」はHANA本人のスマホ撮影 Vlog風=自然体?!