お腹の中に、名前のない糖があるって本当?
――パスツール研究所が、ヒトの腸から
写真はイメージ Photo by CDC on Unsplash
人の腸の微生物から未知の糖 パスツール研究所が50年の定説を書き換えた
自分の腸の中に、名前のない糖があった。深海でも宇宙でもなく、お腹の中の話なんだよな。
フランスのパスツール研究所のチームが、ヒトの腸にすむアーキア「Methanobrevibacter smithii(メタノブレビバクテル・スミシイ)」から、2つのものを見つけた。1つは、その細胞壁を狙って切る酵素ArmA。もう1つは、その細胞壁に入っていた、これまで名前のなかった糖「N-アセチルアルモサミン」だ。論文は9月23日に公開され、Natureの658号、8137ページに載っている。
M. smithiiは、ヒトの腸にいる微生物の中では数の多い住人の1つだ。水素と二酸化炭素を材料にして、メタンを作る。健康な大人の大腸では、酸素を嫌う微生物のうち、メタンを作るものが最大1割を占めることがある、という報告もある。つまり、珍しい生き物ではない。
50年の教科書が、糖ひとつで書き換わった
アーキアのペプチドグリカンは、1970年代から「タロサミン酸(TalNAc)を含む2つの糖が、ずっと繰り返す」形だと考えられてきた。この図が、約50年、ほとんど疑われないまま使われてきた。
今回、その図が違っていた。糖の鎖は、N-アセチルグルコサミンかN-アセチルガラクトサミンが、新しい糖であるN-アセチルアルモサミンとつながったもの。つなぎ目の向きも、β(1,4)とβ(1,3)が交互に入れ替わる。細菌の並び方とは違う。
どうやって分かったのか。チームはまず、M. smithiiから細胞壁をたくさん取り出した。クライオ電子顕微鏡で見ると、細胞が2つに分かれる場所に、厚い輪ができていた。次に、取り出した細胞壁を混ぜたゲルへ、細胞をつぶした液を流した。どこかが溶ければ、壁を切る酵素があるということになる。溶けた。それがArmAだった。
さらに質量分析で、説明のつかない85ダルトン分の重さが出てきた。NMRで構造を解いて、知らない糖にたどり着いた。
ArmAは、糖のつながりと、ペプチドの橋の両方を切る。しかも、この酵素がないと細胞分裂を終えられない。分かれる場所の壁を切るハサミだったわけだ。
細菌とアーキアは、どこが違うのか
細菌とアーキアは、顕微鏡で見ると似ている。でも中身は別物だ。細胞膜の作りも、細胞壁の作りも違う。だから、細菌向けに作られた薬や、卵白などに含まれるリゾチームという酵素は、アーキアには効きにくいとされる。細菌の側では、細胞壁を切る酵素が長く研究の道具として使われてきた。アーキアには、その道具が1つもなかった。ArmAが、その最初の1本になる。
使い道の話より、気になること
パスツール研究所は、メタンを作るアーキアの数を調整する用途で、ArmAの特許を出した。産業、農業、医療の場での利用を見込んでいる。研究所が挙げた候補は、家畜から出るメタンを抑えること、バイオガスの生産、ヒトや動物の腸内の微生物の調整だ。
公式の発表も、それを伝えた記事も、見出しはメタンと特許のほうに寄っている。では、自分の腸はどうなるのか。ここは、まだ答えが出ていない。パスツール研究所自身が、メタンを作るアーキアはヒトと動物の腸に安定してすんでいるが、健康での役割は「探り始めたばかり」だと書いている。今回の論文も、殻の形と酵素の話で、病気とのつながりを示したものではない。
この話でいちばん効くのは、応用の見通しではないと思う。ありふれた腸内微生物の殻の図が、50年間、間違ったまま教科書に載っていた。
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朝まで
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- Nature Portfolio 注目のハイライト(Nature 658号8137ページ、doi:10.1038/s41586-026-11028-y)
- Methane and the Microbiome: The Institut Pasteur Files a Patent for an Enzyme That Targets Archaea(パスツール研究所 公式)
- Cracking the Archaeal Cell Wall: How a hydrolase overturned a 50-year-old paradigm(Springer Nature Communities、著者による解説)
- Gut Methanogen Enzyme Cracks a 50-Year-Old Cell Wall Mystery(bioengineer.org)
- Methanobrevibacter smithii(英語版ウィキペディア)