AI使ったって、言う?
- ウェブサイトを動かすPHPに、重大な穴が2つ見つかりました。見つけたのは、セキュリティ会社の研究者と、OpenAIのモデルです。その研究者は、バグが潜んでいそうだと自分が読んだ場所に、AIを向けたと説明しています。
- 「自分で全部作ってないのに、手柄にはできない」
- 「パワポ使った、エクセル使った、とかいちいち言わないでしょ」
どっちの味方?最初の印象で選んでください。
あなたが味方した 使ったと言う派 の言い分
メールの文面でも、資料のたたき台でも、AIに手伝ってもらったものは、提出のときに必ず書き添えます。下書きはAIに出してもらって、そこから自分で直しました、と伝えるだけです。相手が気にしなければ、話はそこで終わります。
言うようになったのは、前の職場での出来事がきっかけです。同じ部署の先輩が作った企画書が、やたらと褒められていました。あとで本人から、ほとんどAIに書かせたと聞きました。黙っていた先輩が悪いとは思いません。ただ、褒めていた上司の顔を思い出すと、気まずさが残りました。自分が同じ立場になったとき、同じ気まずさは抱えたくなかった、というだけです。
本音を言えば、隠すほうが損だと思っています。AIを使ったと言うようになってから、仕事の速さを褒められることが増えました。使い方を聞かれて、こちらが教える側になりました。黙っていたら、ただ手が速い人で終わります。隠している人を見ると、いつかばれる日のことを、心配してあげたくなります。
あなたが味方した 言わない派 の言い分
表計算の関数も、辞書も、地図のアプリも、使ったとは言いません。AIも同じ棚に置いてあります。頼まれた資料を、締め切りまでに、読める形で出す。それが仕事の中身です。どの道具で作ったかは、受け取った人が困らないかぎり、わざわざ付け足す話ではないと思っています。
こうなったのは、新人のころ、作り方をいちいち説明して、話が長い人だと思われた経験があるからです。会議で下調べの手順を丁寧に話したら、結論はどこですかと遮られました。あのとき分かりました。人は、出来上がったものだけを見ている、ということです。それ以来、過程は自分の中にしまっています。
内心では、わざわざ言う人を見ると、少しずるいと感じます。言った瞬間、評価の話が、内容から手続きの話にすり替わるからです。中身の粗さを指摘してほしいのに、AIですかの一言で片づけられる日もあります。それでも、出す前に全部読み直して、言い回しを直して、数字の出どころを確かめているのは自分です。そこを省いていないのだから、胸は張れます。
どちらにも聞かれない立場 受け取る側
渡されたものを使うのは私たちです。正直に言ってくれても、黙っていても、こちらに届くのは出来上がったものだけです。確かめたいのは、作り方ではありません。中身が合っているかどうかです。そこを聞ける場が、どこにもありません。
理由を聞いた今、もう一度選ぶ
言い分は、世間の声をもとに編集部が脚色したものです。実際の発言と出典は、元ネタの記事にあります。
元ネタを読む →PHPの重大な穴、見つけたのはAI では、人間は何をしていたのか