同窓会、全員そろわなきゃ意味ない?
- 活動を終えてから9年たったアイドルグループI.O.Iが、今年になって戻ってきました。11月14日と15日に韓国で開かれる音楽授賞式MMA2026では、初日に出る1組として名前が入っています。韓国の媒体の見出しには「完全体、もう一度」と書かれましたが、デビュー時は11人、今年の再結成は9人で、何人で舞台に立つのかはまだ発表されていません。
- 「一人足りないなら、それは別の集まり」
- 「そろうのを待つうちに、誰も来なくなる」
どっちの味方?最初の印象で選んでください。
あなたが味方した 全員そろうまで待つ派 の言い分
幹事をやると、だいたい一人だけ返事が遅い人が出ます。私はその人の都合がつく日を探して、会場に電話して、日程を押さえ直します。先にやっちゃおうよ、と周りには言われますが、私はどうしても押し切れません。欠けたまま集まりを始めると、あとから写真を見るたびに、いない人の話ばかりになるからです。
中学の卒業アルバムに、クラスで一人だけ写っていない子がいました。熱を出して、その日だけ休んだんです。あの子はいなかったよな、と、今でも集まるとその話になります。写っていないことは、十年以上たっても消えません。だから私は、そろうまで待ちます。待つのは面倒ですが、取り返せないことより軽いです。
本音を言えば、来られる人でやればいいと言う人は、自分が欠けた側になったことがないんだと思っています。自分抜きで撮られた写真が回ってきた日の気持ちを知っていたら、あんなに軽く、先にやろう、とは言えないはずです。
あなたが味方した 来られる人で始める派 の言い分
金曜の夜に、三人しか集まらなくても、私は乾杯します。来られない人を待って日を動かすより、来られる人で先に席につきます。グループのやりとりで日程の相談が何週間も回って、誰の都合も合わないまま、話がそのまま消えていくのを何度も見てきました。
学生のころ、バンドをやっていました。ドラムが来ない日は練習しないと決めたら、そのうち誰もスタジオに来なくなって、気づいたら解散していました。あのとき二人だけでも音を出していれば、曲の一つくらいは残っていたはずです。集まりは、続けている人のところにだけ残ります。
本音を言うと、そろうまで待つ人は、会いたいんじゃなくて、全員そろった絵が欲しいだけに見えます。欠けた席を気にして日を延ばすのは、来ると言ってくれた人に失礼です。目の前にいる人より、いない人のほうを大事にしているんですから。
どちらにも呼ばれない立場 行けなかった側の人
日程が自分のせいで延びるのも、自分のいない写真が回ってくるのも、どっちもきついです。先に入っていた用事があるだけで、抜けたわけではありません。行けないほうの言い分を聞かれたことは、一度もありません。
理由を聞いた今、もう一度選ぶ
言い分は、世間の声をもとに編集部が脚色したものです。実際の発言と出典は、元ネタの記事にあります。
元ネタを読む →9年ぶりに戻ったI.O.Iが、MMA2026の初日に立つ