鍵の確認、アプリで済ます?
- 線路の上を、70頭を超える象の群れが渡っていきました。インド東部の西ベンガル州で、森林局の職員が赤い布を大きく振り、近づいてくる列車に合図を送ったからです。鉄道の側には音から象を見つけて知らせるAIの仕組みもありますが、この日に列車を止めた道具は赤い布一枚でした。
- 「人の手は、忘れるし間違える」
- 「スマホは、ドアを触れない」
どっちの味方?最初の印象で選んでください。
あなたが味方した アプリで足りる派 の言い分
玄関を出たら、もう振り返りません。エレベーターの中でスマホを開いて、鍵の画面に施錠済みと出ているのを一度だけ見て、それで終わりです。駅まで歩くあいだに、かばんの中を探ったり、ドアの前まで戻ったりすることはありません。
前は、戻る人でした。家を出てしばらく歩いたところでガスの元栓が気になって、引き返した朝があります。その日は乗るつもりだった電車を逃して、会議の始まりに間に合いませんでした。ドアを引いたら、鍵はちゃんとかかっていました。かかっていたのに、わざわざ戻ったのです。あの往復に意味があったのかと考えて、確認する役目を自分の手から外しました。
手で確かめている人を見ていると、確かめているのは鍵ではなく、自分の気持ちだなと思います。人の手は忘れますし、間違えます。しかも、やったかどうかの記録が残りません。画面には、何時に閉まったのかが残ります。残るものを信じたほうが、朝は静かです。
あなたが味方した 手で確かめる派 の言い分
出がけに、必ずドアを手で引きます。引いて、動かないのを確かめて、それから手を離します。アプリも入れていますから、画面も見ます。それでも、見たあとにもう一度引きます。一緒に出る人に笑われても、この順番は変えません。
実家が、火を使う店でした。閉め忘れでぼやを出した夜があって、それから父は毎晩、戸と火の元を手で触って回っていました。目で見るのと触るのは違う、と父は言っていました。触れば、閉まっているかどうかが手に返ってきます。画面は、ドアを触っていません。どこかの線がつながっていないときでも、いつもと同じ文字が出ます。
本音を言えば、アプリだけで平気な人は、うまくいっている日が続いているだけだと思っています。仕組みは、たいてい動きます。分かれ目は、そのたいていで足りない日に、だれかが手を出せるかどうかです。だから私は、毎朝ドアを引いています。
理由を聞いた今、もう一度選ぶ
言い分は、世間の声をもとに編集部が脚色したものです。実際の発言と出典は、元ネタの記事にあります。
元ネタを読む →インドで象70頭を救った赤い布。でも線路は象の通り道の上にある