あなたはどっち 社会・暮らし

道に落ちた物、自分でどかす?

場面と、二人の言い分
  1. 深夜の道路に、カラーコーンや石のかたまりが置かれているのが見つかりました。10月11日の午前3時ごろ、北海道留萌市で、通行人が警察に通報しました。走っていた普通乗用車が直径約30センチの石のかたまりにぶつかり、車の底のオイルパンが壊れましたが、運転していた人にけがはありませんでした。
  2. 「次に通る人が、僕かもしれない」
  3. 「降りた人が、事故に遭うかも」

どっちの味方?最初の印象で選んでください。

自分でどかす派 の言い分

夜道で、ヘッドライトの先に何か白い物が見えたら、僕はまず速度を落とします。ハザードを点けて、少し先の路肩に車を寄せて停めます。そこから歩いて戻って、段ボールでも木の枝でも、両手で抱えて道の外に出します。これをやらないと、その先から来る車が、何も知らないまま突っ込むからです。大げさだと言われますが、停めて降りて戻るまでに、かかる時間はたかが知れています。
こうなったのは、前に一度、見て見ぬふりをしたからです。雨の日に、落ちていた板をよけて、そのまま通り過ぎました。次の信号で後ろを振り返ったら、軽自動車が路肩に停まって、運転していた人が頭を抱えていました。あのとき僕が電話をしていても、警察が来るまでに、あの人はあの板を踏んでいたはずです。頭を抱えた背中が、何年経っても消えません。
正直に言えば、電話だけして走り去る人を見ると、手が空いているのに、と思います。危ないから触らない、という言い方は分かります。でもその危なさを、次に来る誰かに渡しているだけではないですか。渡された人が、朝まで誰にも渡せない夜だってあります。

相手へ:通報したあと、朝まで誰がその石を踏むんですか?

触らず通報派 の言い分

僕は絶対に車から降りません。路肩に寄せて、窓も開けずに、まず電話をします。どこの道で、何が、どのあたりに置かれているか。それだけ伝えて、後ろから来る車のために、ハザードを点けたまま少し待ちます。石を抱えて車道の真ん中に立つことは、僕の中では選択肢に入っていません。
前の職場で、道路工事の誘導をしていたからです。あの仕事で最初に教わるのは、物を守るな、自分の立つ位置を守れ、ということでした。夜の車道に立つ人間は、走ってくる側から見えていません。ライトの中では、暗い服の人も、置かれた石も、同じ影のかたまりです。誘導の仲間が、後ろから来た車にかすられたのを目の前で見ました。あれ以来、夜の車道に立っている人を見ると、背中が冷えます。
善意でどかした人がひかれたら、その石の危なさよりも大きな問題になります。片づけた人が、全部片づけたつもりで帰るのも怖い。暗がりに、もう一つ残っているかもしれないからです。だから僕は、灯りと制服と道具を持っている人を呼びます。呼ぶ以外に何もしない、ということでも構いません。

相手へ:あなたがひかれたら、次に通る人は誰が守るんですか?実際に出た声 「カラーコーンが道路上に置かれている」

どちらにも呼ばれない立場 道のそばに物を置いている人

家の前に、鉢植えやタイヤを置いています。道の邪魔にはならない場所だと思っていました。それが夜のうちに運ばれて、車道の真ん中に並んでいたと聞きました。置いたのは私ではありません。それでも、家の前の物を片づけるかどうか、考える夜が増えました。

言い分は、世間の声をもとに編集部が脚色したものです。実際の発言と出典は、元ネタの記事にあります。

元ネタを読む →留萌の道路に石とコーンが1キロ、「いたずら」はどこから罪になるのか

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