業務連絡『兵と馬と戦車を送ってほしい』
トルコ・カヤルプナル遺跡
写真はイメージ Photo by IRANI WORLD on Unsplash
3,400年前のヒッタイト王室文書庫、出たのは戦勝記録でなく鳥の観察日誌だった
トルコ中部シワス県のカヤルプナル遺跡で、ヒッタイト帝国の王室文書庫が見つかった。2026年の発掘で出た楔形文字の粘土板とその破片は131点。前の年の53点と合わせて、184点になった。いずれも王トゥドハリヤ2世の時代のもので、およそ3,400年前にあたる。
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王室の文書庫と聞けば、戦に勝った記録や、王の自慢話が出てくる気がするが……そうではなかった。
まず、西アナトリアにいた将軍たちの手紙。敵に囲まれている、兵と馬と戦車を送ってほしい、来なければ軍は壊滅する——。要するに、増援の申請である。
次に、熱病の記録。都市から都市へ広がり、特に子どもと乳児を襲ったという。王家の子どもの体調は、占いで細かく見守られていた。乳飲み子の王女が病み、亡くなり、葬送の儀式が行われたことまで、粘土板に残っている。
そして、鳥だ。
鳥を見て歩いた役人の日誌
いちばん意外なのは、鳥占いの担当者たちの記録だった。シャムハ(この遺跡の古代の名)から送り出された彼らが、どの道をたどり、どの街に泊まり、どんな鳥を見たかを書き留めている。トルコの報道は、日記のようだと伝えた。
鳥占いは、国の判断に関わっていた。だから、見た鳥は書いて出す。つまりこれは、出張報告書である。行った先と、見たものを書いて提出する。見たものが鳥なだけで、形はいまの会社の報告と変わらない。
なぜ、こんな書類ばかりなのか。粘土板が、国を動かす日々のやりとりを書く道具だったからだ。首都ハットゥシャから出た粘土板は約25,000点あり、2001年にユネスコの世界の記憶に登録されている。社会、政治、商売、軍事、宗教、法律。ヒッタイトについて分かっていることは、ほぼこの書類の山から来ている。
発掘は、コチ大学のチーデム・マネル准教授が2021年から文化観光省の許可で進めてきた。文化観光大臣のメフメト・ヌーリ・エルソイは10月8日、この文書庫を21世紀に見つかった最も包括的なヒッタイト語の資料群だと発表した。
文書に封をするのに使われた建物は、まだ掘られていない。初期キリスト教時代の墓を含む層の下にあるらしい。3,400年を越えていま読まれているのは、王の勝利の記録ではなく、鳥を見て歩いた役人の日誌だ。
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- Hittite royal archive found in Turkey(The History Blog)
- 184 cuneiform tablets discovered in Hittite royal archive(HeritageDaily)
- Hittite royal archive with 184 tablets unearthed in central Türkiye(Daily Sabah)
- Archaeologists Uncover a Hittite Royal Archive of 184 Cuneiform Tablets(The Debrief)
- Sivas'ta Kral 2. Tudhaliya dönemine ait 131 çivi yazılı tablet gün yüzüne çıkarıldı(アナドル通信)
- Hittite cuneiform tablets from Boğazköy(ユネスコ「世界の記憶」)
- Türkiye unearths 131 Hittite cuneiform tablets at Sivas excavation(Daily Sabah・写真)