座ってて汚らしい
――銀座の住民が、路上に座る観光客に
写真はイメージ Photo by kiki on Unsplash
銀座の「地べた族」を嫌う日本も1990年代は地べたに座っていた
2026年10月12日、テレビ朝日系のニュースが、東京・銀座の路上や店の前に座り込む人が増えていると伝えた。3連休は天気が良く、有名ブランドの店や古くからの百貨店が並ぶ通りに人が集まった。座っているのは外国人の観光客が多い。座ったまま物を食べる人や、靴を脱いだ女性もいた。近所に住む50代から70代の人は「ちょっと嫌だな。きれいな街並みに対して座ってて汚らしい」と話した。
ベンチを置けない理由
なぜ、わざわざ地面に座るのか。どの店も席が埋まっていて、外で腰を下ろせるベンチも多くない。マレーシアから来た30代は「大阪に行った後、東京に来て1時間くらい歩いたので、足がとても痛いです。ベンチがあったらうれしい」と話した。
では、ベンチを増やせばいい。そう思うところだが、ここがややこしい。築地警察署はテレビ朝日系の取材に「銀座は商店街や街の方が景観やブランディングを大切にしているエリアなので、駐車場やベンチは街の景観やスペースを考えると作るのは難しいでしょう」と答えた。見た目の問題だけではなく、置く余地もない、という話だ。銀座には街づくりのルールがあり、景観に関わる部分は、街の人たち自身が決めてきた。
警察は、路上に座ること自体がすぐ違反になるわけではないとも説明した。ただ、店の営業や人の通行の邪魔になれば、状況によって違反になり得るという。決まりで禁じられているわけではない。かわりに、気軽に休める場所が少ない。
「地べた」が嫌われるわけ
座る側の言い分は、別の方を向いている。コソボから来た20代は「車が走っていないので、私は大丈夫だと思った」と話した。危ないかどうかを気にしている。住民の言葉は「汚らしい」だ。きれいかどうかを気にしている。同じ通りを見ていて、気にする点が違う。
住民の中には、こう話す60代もいた。「文化の違いというか、海外に行けば世界遺産とか階段とかでも皆さん座ってたりするので、そういう文化なのかなと」
ただ、地べたを嫌う感覚は、観光客が増えてから生まれたものではない。1990年代にはジベタリアンという言葉が広まった。イミダスの説明では、渋谷のあたりから出てきた呼び名で、階段でもコンビニの前でも、所かまわず座る人を指した。街で見かけるようになったのは1997年ごろだという。行儀が悪いと言われていたのは、日本の若者のほうだった。
もう一歩たどると、家の形に行き着く。民俗学が専門の新谷尚紀さん(國學院大學元教授)は、大学のサイトでこう説明している。蒸し暑い島国なので、日本の家は湿気が抜ける高床式になった。外と内の区切りである敷居をまたぐところで履物を脱ぎ、板の間から畳の部屋に入る。日本の家では、昔から床にじかに座って食事をし、布団を敷いて寝てきた。だから床は汚さない。靴で歩く地面と、座るための床は、別のものとして扱われてきた。「汚らしい」の一言は、見た目の感想というより、その区別を越えられたことへの反応に見える。
ネットの評判
掲示板「ニュース速報+」に立ったスレッドには、1,000件を超える書き込みが付いた。1時間に300件を超える速さだ。中身は分かれた。「座るところなさすぎなんよ」「実際座れる場所用意してないのが悪いやろ」と、街の側に文句を言う声があった。一方で、外国人を乱暴な言葉で責める書き込みも並んだ。「ジベタリアン」を懐かしむ声もあった。
銀座は、街の見た目と場所の余裕を考えて、ベンチを増やせないままだ。その通りでは、歩き疲れた観光客が地面に座っている。
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