アジア大会の金メダルで『少しは親孝行』
柔道100キロ級・増地遼汰朗(24)
柔道の増地遼汰朗がアジア大会で金 32年前に同じ大会で勝ったのは父だった
柔道の男子100キロ級で、増地遼汰朗(24、京葉ガス)が金メダルを取った。2026年10月2日、愛知国際アリーナ。32年前、同じ日本で開かれた1994年の広島アジア大会で優勝していたのは、父の克之さんだった。
出来すぎた話だ。
決勝の相手は、パリ五輪代表のジャホンギル・マジドフ(タジキスタン)。増地の世界ランクは59位だった。勝負は決まらないまま進む。残り1分を切ったところで、マジドフが前に出てきた。その出がかりに、増地が小外刈りを合わせる。3分10秒、一本だった。準決勝も、先にポイントを取られてから取り返し、延長のゴールデンスコアで勝ち上がっていた。
「体が勝手に反応した」と増地は話した。
ここまでなら、よくある親子の物語だ。小さいころから父の優勝を追いかけてきた、という流れを想像するが……そうではなかった。
「代表が決まったあとに広島で(アジア大会に)出たんだよと(父から)直接聞いていた。優勝したいという気持ちはそこでより強くなりました」(サンケイスポーツ)
父が32年前の広島に出ていたことを、父の口から聞いたのは、代表が決まったあとだ。
父が勝ったのは、体重で分けない階級
克之さんが広島で勝ったのは無差別級。体重で階級を分けないので、だれと当たるか分からない。克之さんは、のちに全日本女子代表の監督も務めた。
母の千代里さん(旧姓・立野)は、1992年バルセロナ五輪の女子56キロ級で銅メダルを取っている。息子が生まれる前から、この家には五輪のメダルとアジア大会の金メダルがあった。
その母も、この日は会場にいた。優勝が決まった直後、増地は母とハイタッチをした。父と母が見ているところで取った金メダルだ。
では、本人の採点はどうだったか。
「ここ半年から1年、勝ちきれていなかったので、苦しかった分が少しだけ報われた」(THE DIGEST)
「結果ももちろんうれしいですけど、父としては親子二代っていうのはうれしいかなと思うので、少しは親孝行ができたかなと思います」(サンケイスポーツ)
勝ちきれない時期が半年から1年あった。それが、アジア大会の金メダルで「少しだけ」報われたという。「ここで優勝しないと後がなかった」とも話した。次の試合は12月のグランドスラム東京で、目標は2028年ロサンゼルス五輪だ。
アジア大会の金メダル1個で、本人の採点は「少しだけ報われた」と「少しは親孝行」だ。
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